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熊本家庭裁判所 平成10年(家)264号 審判

申立人 宋玉秀

相手方 片平哲郎

主文

1  相手方は申立人に対し、金252,000円を支払え。

2  相手方は申立人に対し、平成10年8月以降当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで、毎月末日限り金18,000円を支払え。

理由

一  申立の趣旨

相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として、平成9年6月から別居期間中、月額15万円を支払え。

二  当裁判所の判断

1  認定事実

本件、当庁平成9年(家イ)第×××号夫婦関係調整(円満)事件及び同平成10年(家イ)第××号夫婦関係調整事件各記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方とは、平成6年10月12日婚姻した。

申立人は、中国国籍で1947年12月28日浙江省○○市で生まれ、1995年1月22日在留の資格「日本人の配偶者等」により日本に入国し、相手方の肩書住所において相手方と婚姻生活を始めたが、申立人と相手方とは後記のとおり平成9年5月頃以降同一の家屋内で別居状態となった。

(2)  相手方は昭和17年2月25日福岡県で出生し、昭和45年2月から出身大学である○○大学事務局に勤務し、現在○○課長の職にある。相手方は昭和45年10月27日申立外アイコと婚姻して、二人の間に昭和46年長女、昭和47年二女、昭和51年長男の三子が生まれたが、平成4年9月7日当時未成年であった長男の親権者を相手方と定めて協議離婚した。相手方は勤務する大学が中国からの留学生を受け入れており、その世話も職務であった関係から中国人の知人も多く、平成6年5月2日申立外国籍中国呂慶華(1968年9月22日生)と婚姻したが、同女とは平成6年6月24日協議離婚した。

相手方は平成9年2月職場の健康診断で肺癌の再検査を通告され、○○病院の診断によって同年5月20日肺癌の手術を受け、同年7月末日頃退院したが、相手方は9月には元の職場に復帰し、現在も勤務している。しかし、相手方は癌再発の危険のあることから不安な毎日を送っている。

(3)  申立人は1983年△○大学を卒業して通訳として稼働していたが、24歳ころ中国で婚姻して一子をもうけたが間もなく離婚した。申立人は相手方と前記のとおり婚姻し、来日後である平成7年5月から○△株式会社に勤務し、運命鑑定の業務に従事している。

(4)  申立人と相手方とは、性格、食習慣の齟齬などから次第に不和となり、平成9年5月30日申立人は申立ての実情に「これから夫と一緒に暮らし、殺される心配がある。」と記載しながら夫婦関係の円満を求めて調停(前記平成9年(家イ)第×××号事件)を申立てたものの、担当家裁調査官などに対し、「相手方に調停申立てが知れると相手方の暴力が危険である。」と訴え、調停事件の期日指定の延期を求め、同事件の第1回期日は平成10年2月17日に行われたが、同事件は不成立に終わった。

相手方は平成10年1月29日前記平成10年(家イ)第××号事件を申立て、「性格が合わない。同じ家で別室に住む苦痛に耐えられない。癌再発の恐怖心で気が狂いそう。」として離婚を求めたが、同事件は同年2月17日不成立に終わった。

申立人は平成10年2月23日本件を申立てた。

相手方は平成10年3月12日申立人を被告として離婚訴訟(熊本地方裁判所平成10年(タ)第××号事件)を提起し、現に同事件は係属中である。

(5)  相手方は申立人と婚姻後、生活費の基本的費用である光熱費など自動支払分、住居である土地建物の固定資産税などを負担しているが、その他の生活費として申立人に対し、婚姻後申立人の就職した平成7年5月頃までは月額6万円を、同年6月頃から平成9年4月までは月額3万円を渡したが、その後は申立人に直接生活費として手渡すことはしていない。

申立人の所得は、申立人の平成9年分の給与所得の源泉徴収票によれば、支給総額1,787,630円(月額148,969円)、公租公課47,400円(月額3,950円)、社会保険215,832円(月額17,986円)であり、交通費(本人負担)月額13,000円を必要としている。

相手方の所得は、相手方の平成9年分の給与所得の源泉徴収票によれば、支給総額12,018,649円(月額1,001,554円)、所得税1,253,200円(月額104,433円)、住民税月額63,100円、社会保険887,924円(月額73,993円)、固定資産税月額10,333円である。

相手方は別紙負債一覧表記載の負債を有し返済中であり、月額返済総額は564,037円になり、その他自宅の光熱費など一切を負担している。

2  本件裁判管轄権と準拠法

(1)  本件は、中国国籍を有する申立人が日本国籍を有する相手方に対し婚姻費用分担の審判を求める渉外事件である。夫婦間の婚姻費用分担請求事件の国際裁判管轄権の成文規定はないので条理によって決定されることとなるが、本件当事者双方が我国に住所を有することが認められるので、このような場合は我国に裁判管轄権があるというべきである。

(2)  婚姻費用の分担事件の性質は、親族親子間の扶養と異質のものではないので、「扶養義務の準拠法に関する法律」に定める扶養義務の適用範囲に属するものということができる。そこで、同法律2条1項本文によると、扶養義務の準拠法は扶養権利者の常居所地法となり、本件は日本法によって定まることになる。

3  婚姻費用の分担義務及びその算定

(1)  申立人と相手方とは前記のとおり離婚訴訟係属中であるが、同一家屋内での別居状態であることが認められ、別居に至る責任については申立人の一方的責任であるとは認められないので、相手方は以下の限度で婚姻費用分担の責任があるものと認められる。

(2)  そこで、相手方の婚姻費用分担額を労働科学研究所総合消費単位に基づく算定方式によって求めることとする。

〈1〉 基礎収入

基礎収入を算定する前提として、職業費は当事者双方15パーセントを認め、特別経費は以下のとおり認められる。

申立人については、交通費13,000円、社会保険17,986円計30,986円を認めることができる。

相手方については、社会保険73,993円及び負債返済額の内別紙負債一覧表番号11および12を除く返済額計460,131円との合計額534,124円を特別経費として認めることができる。つまり、別紙負債一覧表記載の番号11及び12については、その使途が判然としないので特別経費と認めることはできないが、その他の負債については使途の明確な住宅ローン、医療費、相手方の長男の学費であるから、その性質に照らし必要経費であると認められる。

〈2〉 申立人の基礎収入 91,688円

申立人の総収入-公租公課-職業費-特別経費=申立人の基礎収入

(148969-3950-22345-30986 = 91688)

〈3〉 相手方の基礎収入139,331円

相手方の総収入-公租公課(所得税、住民税、固定資産税)-職業費-特別経費=相手方の基礎収入

(1001554-177866-150233-534124 = 139331)

(3)  最低生活費及び労研消費単位

生活保護基準(一類二類基準額冬季加算額を含む。)による最低生活費は、申立人、相手方共に75,849円であるが、消費単位は申立人95、相手方105である。

なお、申立人は住居費としては相手方所有家屋に居住して何ら負担していないが、相手方は住宅ローン、固定資産税、光熱費など一切を負担している事情が認められる。しかし、前記のとおり相手方について固定資産税、住宅ローンの返済は特別経費として考慮することが相当であり、これら双方の事情を比較検討すれば、本件において労研方式による算定結果を修正すべき特別の事情であるとは認められない。

(4)  相手方の分担能力

相手方の基礎収入から相手方の最低生活費を控除した残額が63,482円であるから、その分担能力を認めることができる。

(5)  相手方の分担額

〈1〉 申立人の必要生活費 104,508円

申立人の必要生活費は、申立人及び相手方の基礎収入合算額を各消費単位により配分した申立人消費単位相当額となる。

(91688+139331)×95/200 = 109734(以下円未満切捨て)

〈2〉 相手方の分担額 18,046円

相手方の分担額は、申立人の必要生活費を賄うのに申立人の基礎収入では不足する額となる。

109734-91688 = 18046

4  相手方の婚姻費用分担義務

以上の次第であるから、相手方は申立人に対し婚姻費用分担金として月額18,000円を負担するのが相当である。分担の始期は、申立人の求める平成9年6月以降相手方は婚姻費用を申立人に支払っていないことが明らかであるから、同月とする。

したがって、相手方は申立人に対し、上記平成9年6月以降平成10年7月までの婚姻費用として、合計252,000円を直ちに、また、同年8月以降、当事者間の離婚又は別居状態の解消に至るまで、毎月18,000円をそれぞれ支払う義務がある。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 若林昌子)

別紙 負債一覧表〈省略〉

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